おとなしい夜

予定のない金曜日の夜みたいな日記

自転車泥棒

 

自転車泥棒

自転車泥棒

 

 

文芸なのか、エンタメなのか、歴史小説なのか、はたまたSFなのか……自分は何を読んでいたのだろうと呆然とした気持ちになる。タイトルからは想像がつかない、重たさと、長い夢を見ていたようだった。

主人公が、自分の父親とともに消えた自転車の行方を追うなかで、まるで沈没船を引きあげるように、人びとの記憶や歴史がまとわりついて浮かび上がってくる。古道具の収集家、自転車マニア、彼女と別れたばかりのカメラマン、蝶にまつわる小説を送ってくる女。ロールプレイングゲームの、鍵となる人物のように現れては主人公にヒントを与え、無くした自転車へと誘う。そして自転車に近づくほど、物語は台湾のみならず、日本、北ビルマと舞台の裾野を広げ、何度も迷子になった。迷子になりながらも、つねに耳元で、自転車のペダルをまわすカラカラという音が聞こえてくる。

息も絶え絶えに見えた世界は、本当に美しく、ひとつの物語を読むということはこんなすてきなご褒美があるのだとあらためて気づかせてくれるものだった。

全体的に感傷的すぎるぶん、冗長に感じる部分もあるかもしれないけれど、ひとつの物語が見せてくれるにはありあまるくらいの豊かさ(感情的な豊かさかもしれないし、壮大な物語を読んだという満足感でもあるかもしれない)を与えてくれると思う。

そしてこんな豊かな物語を翻訳して、読む機会を与えてくれた天野健太郎さんに深く深く感謝している。だからこそ、昨年末に急逝されたことを本当に悲しく思う。感謝を述べる機会を、永遠に失ってしまったのだから。

ただ、素敵な本の数々を紹介してくださって、本当にありがとうございましたと言いたい。

 

 

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

 

 

この小説も本当に好きな一冊。

自転車泥棒』にも登場した中華商場という商業ビルが出てくるのだけれど、いつも松本大洋さんか田中達之さんに描いてほしいなぁと妄想している。